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460円のジンジャーエール



前にやっていたゲストハウスのバイト先の台湾人の社員が、家族と日本に旅行に来るというので、俺と、その台湾人社員Lさんと、元バイトのH君の3人で鎌倉駅近くのレストランでご飯を食べることになった。Lさんはコロナ前にそのゲストハウスの社員を辞めて台湾に帰国してから初めての来日だった。


約四年ぶりに会うLさんは白髪が少し増えたくらいで、特に変わらずといった感じだった。適当な日本語で急に日本の悪いところを鋭く指摘したり、無言でお土産を渡してきたり、久しぶりの「Lさん節」が見られて嬉しかった。


そんなことよりも、俺は久しぶりに行く「レストラン」に人知れず少し緊張していた。

うまく説明できないのがもどかしいのだが、簡単に言うと、俺は中学生ごろから「外食」に強い苦手意識を持っていた。

なので、基本的には飲み会等の誘いは断るようにしていた。たとえ相手に失礼だと思われてもトレードオフだと思うようにしていた。

二十代前半の頃は結構悩んだが、今はもう仕方ないと開き直っている。公園や山とかの外で食べる文字通りの外食は好きなのだが。

しかし、今回H君からこの食事の誘いがあった時は、正直に言うと断りそびれたのだ。会話のリズムで「オッケー、行こうよ」と言ってしまったのだ。


H君が予約してくれたのはこじんまりとした落ち着いた雰囲気のバル的なところだった。

正直、この「落ち着いた雰囲気」というのも苦手だった。こういった空間に来るとなぜか「何か失態を犯すのではないか」という強迫観念に終始襲われるのだ。かと言ってじゃあ賑やかな居酒屋的な方が良いかと言われたら答えはノーで、とにかく俺は一人で色んなことを考えながら、しかし平静を装って、上着を脱ぎ、小さいキャンドルの置かれた席についた。


緊張がほぐれたのは、LさんとH君のおかげだったと思う。

2人とも、シェフや食材に申し訳ないくらい食に全く興味が無かった。

H君がこのレストランを選んだのも「近い」「予算内」だけだったし、Lさんは席につくなり「おなかあまり空いてないヨ」と言った。

小ぎれいに盛られた料理を「なんの肉だこれ?」「知らないヨ」と言いながらパクパク食べる二人を見て、一人で混乱してる自分がバカらしくなってきて、何か色々とどうでも良くなった。

冷静に店内を見渡すと、そもそもそんな緊張する要素もない、俺はただ出された食べ物を食べればいいんだ、ぎこちないとはいえ、そう思えるくらいの余裕が生まれていた。

飲み物はH君がクラフトビール、Lさんが白ワイン、俺はジンジャーエールを飲んだ。

「460円なら生姜をつけた自家製みたいなやつでしょ」と3人で話していたのだが、来たのは瓶のウィルキンソンだった。

それを見てLさんはなぜか大笑いした。全ての食事が終わった後も、空いたウィルキンソンの瓶を指差して「コレ以外はとても良かったヨ」とまた笑った。少し酔っていたのもあったと思う。


お酒が飲めないのも外食の苦手意識に一役買っていると思う。

「いや~飲めないんですよ~」というお決まりのやりとりをした後に注文するのがジンジャーエールかウーロン茶。

「こんなんスーパーで100円しないだろ」とぶつくさと文句を言いながら飲むジンジャーエールが美味しいわけがない。

今回はLさんとH君とヘラヘラと笑いながら飲んだので、とても美味しく感じた。

Lさんの娘はとても美人で、台湾で舞台女優をしている。


テキスト・イラスト:阿部隆太

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