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陽太



テキスト:有富裕一

イラスト:阿部隆太


第三話 出会い



良恵と同い年の後輩も職場にいるが、もっと若く感じる。


七つ年上の兄がいて、その影響もあってか音楽や映画に詳しく、年上の男性に対しても必要以上にかしこまることがなかった。仕事の休憩時間に四十代後半の男性二人がスネークマンショーの話をしているところに入ると「おっさんだなお前」とからかわれたというのをこないだ聞いた。


二人の出会いはライブ会場だった。


陽太の好きなバンドが毎年八月に日比谷野外音楽堂でライブを開催しており、周りにそのバンドを好きな友人がいなかったので独りで行っていた。彼はライブに必ずオペラグラスを持参していたので、その時もアーティストの登場から一曲目が始まるまで衣装や楽器をチェックしていた。 


一曲目が終わった時に、「それ貸してもらえませんか?」と隣の席から話しかけてきたのが良恵だった。良恵は友達二人で来ており、「友達にも貸していいですか?」とも言っていた。

その時はそれ以上の会話をすることもなく、ライブ後は普通に帰った。


ただ翌日にそのアーティストのつぶやきを見ていたら、「昨日双眼鏡を貸してくださったお隣のお兄さん、ありがとうございました。」という旨の投稿をリツイートしていたので、「昨日の双眼鏡のお兄さんです」とDMを送ったのが初めてのコミュニケーションらしいコミュニケーションだった。


「いつもは双眼鏡を持っているんですが、昨日だけ忘れてしまって助かりました。」「それは良かったです。ちなみに昨日お貸ししたのはオペラグラスであって、双眼鏡ではありません。なので正しくは『昨日のオペラグラスのお兄さん』になります。その違いについては下記リンクをご参照下さい。」そんなやりとりがあったもののすぐに会うということにはならなかった。


ただ、そのアーティストのライブがある度に「行きます?」や「来てます?」という連絡はしていた。お互い恋心はなかったと思う。結果二人で会ったのは、一年後の日比谷野外音楽堂だった。

その後二人で何回か呑みに出かけ、どちらが言うともなく付き合いが始まった。



続く

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