陽太
テキスト:有富裕一
イラスト:阿部隆太
第一話 タイムテーブル
十一月、浅草の場外馬券場ウインズあたりを歩く、近辺にはロック座というストリップ劇場があり、現在出演中のストリッパーが貼り出されている。陽太が昼食を取った後に散歩をしていると、おそらく五〇代の男性が杖をついて歩いていた。
その無垢材でできた杖は量産されたプロダクトというより、自作なのでは?と思うほどに手の跡を感じさせた。赤いダウンジャケットで杖をついて歩いているその姿は、周りの景色に同化せず、少し目立っていた。
昼休みの終わりまで時間があったので跡をつけた。真っ直ぐ歩いていたがロック座が近づくと入り口に向かってゆっくり面舵を取るようにタイムテーブルへ向かっていった。男性は仔細にタイムテーブルを眺め、写メを撮り、また歩き出した。
誰が目当てなのだろう?と気になった。
自分もそのタイムテーブルへ向かい、仔細にチェックしていた男性の目線に高さを合わせた。
「更科リサ」という名前だった。
さらに、集客のあるストリッパーはポスターも貼り出されており、更科リサの写真もあった。
更科リサのポスターの写メを撮り、自分もそこを後にした。
そんな出来事があったことを終業後に良恵へラインした。更科リサの写真も送信した。
第二話 良恵
良恵は陽太が人の跡をつけたということへの注意を形だけして、そういった上がり下がりがあるものの、遠くから眺めたら直線に見えるような日常に起こる小さな出来事を楽しんでくれる女性であった。
交際してから一年半が経つが、毎週金曜夜から日曜夜まで一緒に過ごしていた。過ごす場所はお互いのアパートを行ったり来たりしていたが、金曜や土曜の夜に居酒屋を出た後は趣向を変えてラブホテルに泊まることもあった。
陽太は三十二歳、良恵は四つ下だった。
なんとなく同棲という言葉はお互いの頭の中にあったかもしれないが、言い出すことはなかった。そういった「流れにまかせる」「形を決めない」という考え方の大枠も近く、一緒にいて落ち着く理由はそこかもしれなかった。
彼は性格の根本が怠惰であり、それが他人には鷹揚に見えることもあったが、良恵の場合、仕事に関しては几帳面であった。求人広告のコピーとグラフィックデザインをしているデザイン会社で働いており、クライアントの事業内容、募集要項、求めている人材の校正責任者は彼女であった。
二人ともタバコは吸わなかったが、酒は好きだった。陽太はビールと焼酎が主で、良恵はサワーとワインを吞んでいた。陽太の家にも焼酎は置いていたが、良恵の家にも一升の紙パックを置いていた。良恵のワインボトルも自分の家にあった。
酒を呑みながら話すことはといえば、職場のグチやお互いの友人の近況、テレビタレントのゴシップ、それぞれが録画しているテレビ番組の感想と他愛のないものだった。
特に良恵の友人の近況が話題に上ることが多くあり、なんとなく頭の中に良恵の人間関係の相関図を私は作っていた。
しかし、酔いながら聞いている話なので、シラフの時に話をしていると、その相関図が微妙に間違っていることがあった。大学のバイト先の友人を今の職場の同僚と間違えたり、二十五歳になる弟の話を職場の後輩と間違えたり。「ちゃんと話聞いてんのかよ?」としばしば叱られていた。
彼はそれをヘラヘラと流していた。そんな「ヘラヘラする時間」が好きであったし、「ヘラヘラする時間」が多ければ多い方が幸せという人生観を持っていた。「やる時はやる」「マジメに遊ぶ」「メリハリをつける」という言葉が嫌いであったし、実際それを口にする人も苦手であった。そんな自論を酔いの席で吐露すれば彼女も同意していたが、会がお開きになるとテーブルに広げていた惣菜やスナック菓子の空き容器を翌朝に持ち越すことなくまとめて捨てる様子はさっき言ってた「やる時はやる」に該当していると心の中で呟くのであった。
ただ、それを口に出すことを単なるいいがかりとして捉えずに、「うるせぇな、お前も動けよ」と笑いにしてくれるだろうという信頼が彼女にはあった。
続く
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